加藤武のプロフィール

僕は不器用なタイプで、
ゼロから始めて最初からすっと上手くいくことは滅多になく….

地道にコツコツとやってようやく成果を出していくタイプです。
 

それは社会人になってからも同じで、
20代の頃はずぅーっと平社員で、特に社内でも目立った成果もなく

でも僕は30歳になってからが勝負だと

大器晩成だと自分に言い聞かせて
腐る気持ちをおさえ、腰を据えて業務に取り組んでいました。
 

この気持ちが通じたのか
20代の終わりに与えられた一つのチャンスで成果を出し、

30歳にしてようやく主任に昇格し
サラリーマン人生の成功のキッカケを掴むことができました。
 
 

そして、2008年。
 
 

僕は、新潟の片田舎で有名な金属加工メーカーに勤務していました。

会社では、40歳手前にして社長室長という立場で、
20代の頃に比べると、かなり自信満々なサラリーマンだった僕は、

朝から晩まで働き、幼稚園に通っていた息子と一緒に居る時間を捨ててまで
家族の生活のために一日中、仕事をしていました。
 

当時の僕は、それは普通のこと、当然のことと思っていて
そこにまったく疑いを持っていませんでした。

むしろ、仕事人間であることに自信とプライドを持っていたくらいです。
 
 

が、そんな最中、

2008年9月、世界的な経済危機を引き起こすことになるリーマンショックが発生します。
日本でも就職氷河期などを引き起こすことになるので覚えている方もいらっしゃると思います。
 

ただ、その時の僕は、
リーマンショックと聞いてもどこか他人事で

近い将来、僕の人生を大きく揺り動かす事態になるなんて思いもしていませんでした。
 

僕が勤務していた金属加工メーカーは、
技術力に定評があり、米国の某有名PCメーカーであるA社へ納入するなど
非常に信頼の厚い会社でした。

でも、その信頼の厚さにかまけて
ドンドンと、受注はそのA社一辺倒となっていたのです。
(事業の柱が一本しかない、一本足打法)
 
 

そんな折、突然引き起こされたリーマンショック…
 

日本で製造していたのでは赤字になってしまうほど
納入単価を切り下げられ、
やむなく中国の工場(子会社)へ仕事を流出させる決断をさせられました。
 

その結果、会社全体の売上が140億円ほどだった中、
その71.4%にあたる100億ほどの取引が、
一気に日本の工場から無くなってしまったのです。。
 

このままでは、日本の工場を倒産させ、
中国企業に転出することすらあり得るほどの大大大ショックです。
 
 

【日本ヤバい、倒産するかも】
 
 

会社の危機を目前に見て、どうにかしなければと思いながらも、
1サラリーマンの僕にできることなど限られています。

僕はこの倒産するかもしれない会社にしがみつくしか
家族を守ることができない自分が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
 

1日に使える時間のほとんどを会社に捧げてきましたが、
その会社自体がなくなってしまえば、後には何も残りません。
 

今まで、家族との時間を犠牲にしてまで仕事に打ち込んできたのは
何だったんだろう。
 
 

結局、会社が倒産してしまったら、
僕は家族の生活さえ、守ってあげることができなくなるかもしれない。
 

今まで持っていた自信とプライドが
粉々に打ち砕かれた瞬間でした。
 

現実を突きつけられた僕は、

もう、この会社に依存したくないと思いました。
 

生活のために家族と過ごす時間を減らすこと、
お金のために時間を切り売りすることはしない、と心に決めたのです。
 
 

とはいえいきなり、
 
 

【会社辞めます!】
 
 

とは、なりません。
 
 

『今の会社を辞めて、食っていけるのか……….』
 
 

会社に依存していたと気づいてしまい、
自信が揺らいでいたのだと思います。
 

僕には息子がいますし、家族もいます。
家族を守っていくためには、お金を稼がなきゃならない。
 

でも、

もう40手前で、確か38歳くらいでしたから
転職は流石に厳しいな、と。
 

僕は、会社では人事をやっていた経験もあるので
採用する側の肌感覚で、その厳しさを感じます。
 

でも、手っ取り早く今の環境を離れるのであれば
“転職” は一番簡単です。
 

実現できる可能性を探ろうと、
ハローワークに行って調べてはみましたが
 

年収は確実に下がりますし、正社員の仕事はほとんどなく
契約社員とかパートとか身分の不安定な仕事しかありませんでした。
 
 

そうか…….

分かっているつもりだったけど、厳しい現実を突きつけられ
転職はこの年齢じゃ厳しいと身につまされます。
 

それでもなにか出来ることはないかと
情報だけは集め続ける中で、
 

・株式投資
・FX
・不動産投資

など、投資系も探ってみました。
 
 

サラリーマン副業の定番ですし
なんか “投資家” って響きに憧れがあったので。
 

でも、そもそも投資できるほどの貯金とか前提条件のところで躓いてしまって
 

投資系もダメか…….
 

となると、”社会保険労務士” という資格を活かして起業するか。

こんな考えも頭をよぎりますが、
 
 

「お客様をどう獲得すればいいのか?」
 
 

と考えてみると
そのノウハウがなく………..
 

士業の先生として起業したとしても、
バラ色の世界を夢見ることは、到底できませんでした。
 
 

40手前にして会社に依存していたことに気づき
その他の選択肢を探ろうと、情報収集してみたものの
 
 

『このままこの会社に居続けるしか選択肢はない』

という結論に達してしまうのです。
 
 

拓けるかもしれないと思っていた未来が、
急に閉じていくような錯覚に陥りました。
 
 

「さっきまであんなに明るかったのに
 なんでこんなに暗くなったんだろう」
 
 

まだまだ外は明るいな、と遊び続けていた子供が
急に真っ暗になってしまい、
心細くて泣き出してしまうような感覚です。
 
 

こんな八方塞がりな状況の中、選択肢が無いことに呆然となる中、
僕に一筋の光が差し込みます。
 
 

副業などの情報収集を続ける中で、
とあるインターネットビジネス系の方のメルマガにふとしたキッカケで登録し、
ネットビジネスの世界を知ったのです。
 

こういう世界があるのか、と驚き、
 

・簡単に稼げる。
・初期投資も、ほぼほぼゼロで始められる。

こんな声に触れていくうちに
 
 

「いいじゃんコレ!!
 自分には、これしかないだろう……..」

そう思うようになりました。
 

ただ、
やれば稼げるんじゃないかと思ってはいるものの
 
 

「でも、なんか怪しいなぁ」
「転売とか詐欺じゃんみたいに思われるのは絶対に嫌だ」
 
 

という思いは払拭できず、
 

副業を志すも何をしたらいいか分からないまま、
半年くらい、そのメルマガだけを読み続けていました。
 
 

【その半年の間でも、会社の再建は進まず・・・】
 
 

給料が上がるはずもないのに、

子供の教育費や生活費は、この先も年々上がっていき、
じわじわと生活が苦しくなっていく未来が頭をよぎります。
 
 

切り詰められるものは切り詰めようと
妻とも話して、毎月の生活費を節約するようになりました。
 

そんな中でも、
これだけは絶対に切り詰めたくないと思ったのは、

息子の幼稚園です。
 

当時、息子は
森の中で自然に触れ、遊ぶというコンセプトの幼稚園に通っており、
その幼稚園をとても気にいっていました。

毎朝 飛び起きて、始業の30分前には幼稚園に着いて、
楽しそうに遊んでいたくらいです。
 

その幼稚園の費用は、月に3万円かかりましたが、

お金が無いから・・・と転園して
保育園に通わせるなんてのは、死んでも嫌でした。
 

そんなことを息子に言いたくありません。
 
 

その一心で、絶対に守り抜くぞと頑張るものの、
毎月の給料だけでは赤字で、ボーナスで補填してなんとかしのいでいる状態でした。

その頼みのボーナスも減らされ始め…..
会社が潰れる可能性も、一向になくなりません。
 

本当は今の会社を辞めたい、と思っているのに、
生活のために仕方なく働くしかない。
 

そんなダサい自分が、嫌で嫌で仕方ありませんでした。
 
 

お金さえあれば、
お金を自分のチカラで稼ぎ出すことができさえすれば、
 

会社を辞め、家族との時間を大切にするという
自分が望む生活へ転換する選択肢を手に入れることができます。
 
 

「人生お金じゃ幸せになれない」

とは言うけれど、
 

お金がなければ、諦めなければいけないことが余りにも多いことに
気づかされたのです。
 
 

ここでやっと、僕は
インターネットビジネスにトライして副業で稼ごうと決断し、
実行に移しました。
 

五里霧中な状態でも
一歩前に踏み出す選択をしない限り

昨日と同じ今日が繰り返されるだけ。
 
 

人生を前に進めるためにも、
覚悟を決めて

半年で36万円のネットビジネスの塾に
えいやっ!!と、一括払いで足を踏み入れたのです。
 
 
 

………
 
 

……
 
 


 
 

・・・あれから時は過ぎ、
 

今僕は、

サラリーマンを辞め脱サラし新潟の田舎で個人事業主として
毎日メルマガ1通を書き、YouTubeに1本の動画を公開するだけで

家族4人で生活しています。
 
 

ここ数年で、僕の生活は大きく変わり、

1日24時間のほとんどを
僕が自由に何をするかを決める選択権を取り戻し、
ストレスにまみれた生活から自分自身を開放させることができました。
 

おかげさまで、ほんと
毎日楽しく家族と暮らすことができています。
 
 

『それもこれも YouTube と 情報発信 というビジネスに出会うことができたから』
 
 

そして、僕は今

僕の人生を激変させたこの経験を独り占めするんじゃなく
僕の発信に共感してくださる方には、
できる限り、伝えていきたいと思ってます。
 
 

もし、この僕の経験をあなたに移植できれば、

あなたが個人で、自分のチカラだけで稼ぎ続けることができるようになり
生活を支えるベースとなる収入源を給料以外にも持つことができるようになります。
 
 

もしそうなれば

会社に勤め、サラリーを得ることすら、
ただの選択肢の1つでしかない、という無双状態に入れます。
 
 

(会社に勤めるのも脱サラするのも、自分の意思で決められる)
(会社が倒産したり、リストラされたらどうしよう….という不安から脱却できる)
 
 

副業で稼ぎ始め、稼ぎ続ける状態になっていけば、
人生の選択肢が増えます。
 

僕はこの「選択肢のある世界」にあなたを連れていきたいと想ってます。
 
 

あなたには今、複数の選択肢がありますか?
自分の人生を自分で決める選択権を持っていますか?

 
 
 
 

僕のビジネス上の信念

 

僕は、会社がなくなるかもしれないという恐怖を味わい
(その恐怖の源泉は家族を守れなくなるかもしれないという不安な想い)
 

その恐怖を克服するために
副業でインターネットビジネスを始めました。
 
 

ですから

一瞬だけ稼げればそれでいいという気持ちは微塵もなく、
家族を守ることができるベースとなる収入源とするために

“稼ぎ続ける” という信念を持ち、ビジネスに取り組んでいます。
 
 

これは、何も
僕だけ稼げればいいとかそんな偏狭な世界観ではなく、

僕の発信に触れるあなたも含めて
“稼ぎ続ける” と規定して、活動しています。
 
 
 

こういう気持ちを込めて活動を継続していけば、

今日明日で変化する類のものじゃないけど、
10年後、20年後、30年後と、時が経てば経つほど

僕が埋め込んだ種が花開き、自分のチカラで食っていく人たちが増え
自分のチカラで稼ぎ続けるのが当たり前の、そんな世界になっていく、と。
 

本気でそう思ってます。
 
 

そうなればきっと、
将来、息子が生きる日本の未来も明るいはずです。
 
 
 

僕が絶対に譲れないもの

 

僕にとって、息子の存在はとても大きくて、
僕がビジネスをする原動力になっています。
 

息子が成人する未来、
成人して働く40年、50年先の行く末
孫も生まれたら嬉しいなと思っているし、もしそうなったら
もっと先の未来まで見据えて
 

笑顔に溢れた日本になれば、
笑顔に溢れる世界になっていけば、

僕の息子が生きる未来も、きっと平和で活力ある自由な社会になると想っています。
 
 

そのために僕が今できることとして、
あなたに僕の経験を情報発信してお届けしたいと想っています。
 
 
 

もっと詳しく、
僕が稼ぎ始めた「顔出ししないユーチューバー」について知りたい方は
コチラのページをご確認ください。
 ↓
https://ytsp012.com/lp/
 

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僕の経歴と信念お客様の声は、リンクからページに飛んでご確認戴ければと思います。

 
 
 

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Takeshi Kato

Takeshi Kato

加藤武 顔出ししないユーチューバー/情報発信者。
1971年11月1日生まれ。新潟県出身。
息子と遊ぶことが大好きな47歳。

大学卒業後サラリーマンとして働くも、出世や昇給の限界を感じ、38歳で副業を始め、間もなくして退職。ネットビジネス1本で生きていく道を選択する。 まったく稼げない時期に苦しみながらも、YouTubeアドセンスと出会い、今では1 日1本の動画をつくるだけで、サラリーマン時代の収入の3倍を稼ぎ続けている。 当時の自分と同じような葛藤を抱える中年サラリーマンに、人生の選択肢を与えることをテーマに、情報発信や指導にも積極的に取り組み、“稼ぐ”ではなく”稼ぎ続ける”ことを重視する指導指針には、老若男女、幅広いファンから熱い支持を受けている。

◆加藤武プロフィール
◆教え子の喜びの声